私とクラウン  ラブリー恩田

 

f:id:yamagazakuro:20150503144915j:plain

 撮影:橘蓮二

 

ざくろの一言:最初に恩田さんから送ってもらった文章が前のめりで突っ走ってて、読んでいて置いてきぼりを食らってるような感じがしたので、もっと恩田さんのこういうところが知りたいので長くなっていいですからと返信したところ、3,661文字の長文が送られてきました。一本気でまじめな恩田さんの文章をどうぞ最後まで読んでみてください。

 
ラブリー恩田と申します。クラウンです。
最初に書いた文章が余りにスカスカだったために山賀ざくろさんより細やかなダメ出しを頂きましたので、もともと頂いていた文字制限は度外視して、ざくろさんのつっこみにお答えする形で私とクラウンについて書いてみたいと思います。
高校生の時、演劇部顧問の荒井正人先生(今回演劇作品の演出で参加されています)に演劇という常軌を逸した世界や、当時の素晴らしい演劇作品を沢山教えて頂き、その後もずっと心にありましたが、高校以来演劇とは縁遠い生活をしていました。
が、3年間のお勤めの後、会社を辞め演劇部時代に憧れた劇団に入団。そのころ、昔劇団にいた女優さんによる「クラウンワークショップ」というものがあり、受講。
フロップ(=欠如、失敗、穴があったら入りたいお寒い状態、絶望、逆境)を逆手に取り、破綻しているのにオリジナルすぎるやり方で起死回生を図るクラウンという存在を始めて知りました。
当時やたらめったら色々な演劇ワークショップを受けまくっていたのですが、演技法は大筋では主だった物があるのですが、解釈を介すと教える人の数だけとなり、しかも受ける方も真剣なため、中には狂信的なもの、宗教と紙一重?と思うものもありました。
が、クラウンワークショップを通じてその女優さんの師匠、フィリップ・ゴーリエという人の、嘘くささや綺麗事やお高くとまったところのない、本音ベースで実践的で、かつ今までみたこともない位クリエイティブな演劇理論に、毎日目から鱗。嘘偽りなく心からワクワクしながら受講しました。
終了後も、この演劇の考え方をもっと知りたい!と思っていたところ、渡りに船、毎年開催されているらしいフィリップ・ゴーリエ氏の日本での2週間のワークショップのチラシを発見し、早速申し込み。
余談ながら、後で聞いたところ希望者多数で主催団体と関係がない新参者が受講させてもらえることはあまりないそうで、何か事務手続き上、幸運にも滑り込めたようでした。
その年のワークショップは、クラウンではなく演劇の基礎であるル・ジュ(le jeu=play  あそぶ、演奏する、スポーツをする、ゲームをする、演技する)と、ギリシャ悲劇でした。
いかに子供のように真剣に丸裸で人前に自分をさらけ出せるか、特にギリシャ悲劇では自分という小さなものを越えて、観衆、人類のための大きなものを寄せ、語れる媒介者となれるか。
舞台で真剣にトライしているどの人も、無慈悲にけっちょんけっちょん。フィリップは手に持った太鼓を一つ叩いては、アディオス!と即刻退場を宣言するのでした。
そんなワークショップ中日の、一日の終わりの質疑応答の際、優等生を気取って質問したところ、みんなの前に立たされて誰からも言われたくないような、しかしずっと待っていた言葉を、誰からも貰った事のないような強くて真っ直ぐな眼差しで言われたのでした。「You are boring, because you are alone. 君は退屈だ。なぜなら、君はひとりぼっちだから」「そんな風でいると、いつか自分で自分を殺す事になるよ」とも。
誰の助けも借りず、心を開かず、弱みを見せず、というプライドの高い人、いますよね。そんな感じです。
その眼差しに、この人は自分のリスクを背負って、届かないかもしれないこのきつい言葉を言ってくれているのだと分かり、その言葉がとても腑に落ちました。
言葉というものはその内容ではなく、その人がどういうつもりで言っているのかで伝わるものなんだと知りました。
今だにずっと私の課題で有り続けているその言葉を貰えたことが私の出発点と思います。
そこからの1週間は、他の受講生が引くほどなりふりかわまず当たって砕けてを繰り返しました。そして最終日に、どんな困難があっても絶対フランスのあなたの学校に行く!と宣言。
しかし、お金はないしフランス語は話せないし一体いつ実現できるのか自分でもわかりませんでした。
調べてみると、言葉に関しては幸いな事にもともと学校がイギリス政府の招聘でロンドンにあった事もあり、イギリスの演劇界と所縁が強い事もあって、フランスに移ってからも授業は英語でした。私は両親が英語教育に熱心でいてくれた為に英語にはあまり抵抗がなかったのです。
お金も友達の後押しなどのお陰でなんとか調達できる事に。ビザもギリギリで申請が間に合い、なんと、ワークショップから2ヶ月後、フランスのフィリップの学校の門を叩いていました。入学式の日に、学校でフィリップと再開した時の感動は忘れられません。
授業は全て、フィリップのひどいフランス語訛りの英語です。彼の歯に衣着せぬ物言いは、英語圏以外の人にはまたきっと酷いこといってるんだな、わはは、となるのですが、英語圏の子達は今まで生で発せられるのを聞いたこともないような辛辣で酷い単語が連発するので青ざめていました。ですが、全て欺瞞の余地のないユーモア。それによって、沢山の硬い殻が破けたところを、2年間何度も目の当たりにしました。
「全てはあなたの本当の歓びのためにやりなさい。人生は歓ぶためだけにあるのだ」というのが最も基本的なフィリップの考え方です。「自分が心から喜んでいないでやっているものなど、観客も見るに堪えない」というのはそりゃそうですね。「演劇は、子供の遊びと同じくらい真剣なものだ」とも。
学校では、ル・ジュ、ギリシャ悲劇、マスク、シェイクスピア、メロドラマ、劇作と演出、チェーホフ、バーレスク、クラウンなどなど一通りのジャンルの授業を受けます。それは、人類が培ってきたそれぞれのジャンルの素晴らしさ、美しさ、荘厳さを知るためのものであり、それと同時に「自分の心が喜ぶ自分の演劇を、自分の喜びに導かれて開拓しなさい」というフィリップの教えを実践していくためのものでもあります。
フィリップは自分の師匠を「He was a man who waits.(彼は待つ人だった)」と評していました。フィリップ自身もそうだと思います。ずっとほったらかしでもう私に関心などないかと思った頃、一番必要な事を一番効果的にいう人です。本人が知らないところでずっとじっと見守り続け、聞く耳を持つ機会や時期を忍耐強く待ってくれる人です。人を変えるプロとして、人が変わるというのは、それはそれは大変で、一筋縄で行かないことをよく知っている人です。
名言だらけなのですが忘れられないのは、「I pray, I pray, I pray...(私にできるのは祈るだけ)」と冗談交じりでつぶやいた事。演出家、先生ですが、変わるか変わらないかは本人の問題。また、「良い俳優になろうと思うな、良い人間になろうとしなさい」と言っていたのも忘れられません。「上手くやりたいではなく、より学びたいと言いなさい」とも。
2年間のコースを終えるとフィリップのサインが書かれたディプロム(修了書)が与えられます。これはギャラの水準をあげたりだとか、オーディションに受かりやすくなったりの役に立つわけではなく、言って見れば単なる紙切れでしかありません。ただ、私たちにとっては、生涯物凄く価値のあるものです。
あとは実践あるのみ、自分の道をエコール・フィリップ・ゴーリエで学んだ事を思い出し思い出ししなが、歩んで行くのみです。
私は2年間を通して、あらゆる演技部門でくそ味噌でしたが、不思議とクラウンの時だけは何度か褒められる事もありました。2年生は各コースの最後の1週間は作品発表公演なのですが、ほとんど誰も組んでくれないほど酷い大根。ところが、2年間の一番最後のコース、クラウンでは引っ張りだこで、稽古のかけもちが大変。今までが今までだっただけに、本当に信じられない位幸せでした。
といったわけでやっとクラウンにたどりつきました。
クラウンの公演は、前にあげたフロップ、つまり窮地、ピンチがやって来ては、終わりがくるまではそれに破れかぶれでもなんとかして対応していく、という時間です。私には人生と似ていると思えます。
クラウン作品にメッセージはありません。フィリップは現役クラウン時代、『皿』という、100枚の皿を割り続けるだけという作品でヨーロッパ中の主だった劇場から引っ張りだこだったと言います。
日本でクラウンと似ているものは、狂言の太郎冠者や次郎冠者、落語の熊さんはっつぁんです。ただ、狂言師や落語家はクラウンではなく秀逸な喜劇役者といえると思います。また、漫才でいえばボケの方です。ある意味、真剣にボケ続けるのがクラウンと言える気がします。
私が目指しているのは、フィリップが言うところの、「誰しもクラウンのキャラクターはひとつしかない」という、自分のクラウンを磨いて行く事です。それが何の役に立つのかは分かりませんが、私が人生で出会ったものの中で一番シリアスで真剣なものだと思えるからです。
いつかフィリップのように、よりシンプルに、ただフロップと綱渡りするだけで時間を紡ぐ作品を作ってみたいと思います。

 

↓公演の映像がこちらで見られます。

ラブリー恩田/クラウンショー 内緒の話

 

※ラブリー恩田さんの伊香保アバンギャルズ初夢大博覧でのパフォーマンス映像はこちらで見られます。前半のみですが、重力に関する考察をユニークな視点で語っていて笑かしてくれます。
http://yamagazakuro.hatenablog.com/entry/2015/10/07/013217