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誰もいないこの場所に

 

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群馬県民の日の昼下がり。『広瀬川ラビリンス』の会場だった交水社へは基本チャリンコ通勤していたので、日曜の終演後に持ち帰れなかった機材や備品などを車で引き取りに行った。
交水社に着くと、ちょうど広瀬川の対岸の遊歩道にあるベンチで、千原ジュニアと子役の女の子(小学2、3年生くらい?)が映画の撮影中だった。ここではつい3、4日前に鈴木優理子さんと広末知沙さんがあっちへ行ったりこっちへ来たり、川の流れや周りの緑とたわむれるかのように踊っていたところだ。対岸の遊歩道にはベンチに座るふたりの役者を中心に20名ほどのスタッフが散らばって立っている。このシーンの出演者がふたりでも映画の撮影にはこんなにたくさんのスタッフがいるんだな。このクルーは先週あたりから弁天通りのお店のセットや橋の上などで撮影を続けていたようだ。
わたしは荷物の置いてある2階に上がると、持ち帰るものを片付けつつも外の様子が気になって、窓のカーテンの隙間からこっそり撮影の様子をのぞいたり、撮影が中断すると交水社の入口の脇に停めた車に荷物を運び入れたりしていた。すると対岸からひとりの男性スタッフがこちらに寄って来て、次のシーンの撮影が終わるまで車のドアの開け閉めを控えるようお願いされた。
そのスタッフから聞くところによると、ほぼストーリーの順番通りに撮影してきて、今撮影しているのは物語のクライマックスのシーンらしい。わたしは車の前にぼーっと立っていたら、演技をしている千原ジュニアの目線にわたしが入ってしまうかもしれないので、彼が演技に集中するために少し車の脇に移動してくれないかと言われた。
それがどんなシーンでどんな演技をしていたかはネタバレになるのでここに書かないが、興味のある方は来年秋の公開を待たれたい。確かにわたしが視線に入ると気が散るだろうなというような重要なシーンの撮影だったと推測する。
千原ジュニアはテレビとかの仕事もあるので、何度も前橋の現場との往復をしながらの撮影だったようだ。来年秋に公開される映画館は全国で50館程度の予定とのこと。独立系のプロダクション製作による映画らしい。
それにしても誰もいないこぎれいに片付けられた交水社の2階に、ひとりでぽつんといるのはなんだかさみしくてせつなかった。先週末には出演者やスタッフやお客さんが何十人もここにいたのに。
劇場でも劇場じゃない場所でも、公演やパフォーマンスが終わって後片付けをしてそこが元の状態にもどって、さっきまであったものが何もなくなったことを目の当たりにするのは、ひとつの舞台が無事に終わったことの達成感をかみしめる時間でもあるのだけれど、数日してまたここに来て、薄明かりの誰もいない場所にひとりでただずんでいると、広瀬川ラビリンスでご来場のお客様を迷宮に誘うつもりが、自分が迷宮に迷い込んだままになっているようでもあり、それでも終わったことは終わったこととして、どうもありがとう!とこの場所に礼を言って外に出た。
広瀬川の対岸には、さっきまで演技をしていた千原ジュニアも女の子も映画の撮影クルーも誰ひとりいなくなっていた。
小出和彦さんに作詞してもらい、わたしが曲を付けた『月と川とじめん』は、公演の本番では前半しか歌わなかったのだけれど、いずれちゃんと最後まで歌ったものをレコーディングしておこうと思う。
 
ここに歌詞を再掲載しておきます。
 
『月と川とじめん』
 
 濡れた光はじめんにおちて
 森の上には赤い月
 ゆれる川面に白波たてて
 吹き出す風で砂が散る
 
 きょうとおなじあしたがくると
 疑うことなどなかったけれど
 それを奇跡と知ったのは
 しばらく経ったあとのこと
 
 あなたの生まれるずっと前
 誰もいないこの場所に
 月と川とじめんがあったのよ
 光と闇があったのよ
 青い光はじめんを染めて
 雲間ににじむあわい月
 黒の川面を背ビレで裂いて
 千の魚がくねり出す
 
 きのうとちがうきょうがくると
 予言のひとつもなかったけれど
 それを最後と知ったのは
 やはり終わったあとのこと
 
 わたしの生まれるずっと前
 誰もいないこの場所に
 月と川とじめんがあったのよ
 光と闇があったのよ
 わたしの死んだずっと後 
 誰もいないこの場所に
 月と川とじめんがあったのよ
 昼と夜があったのよ