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鈴木優理子 × 広末知沙

 

私が踊るとき  鈴木優理子

 
「ゆりちゃんは動くのがじょうずですね」
保育園の先生がそう母に言ったらしく、母が大泉町にあるバレエ教室に連れて行ってくれた。毎日、毎日、踊って、踊って。でもダンサーになりたいなんて思っていなかったと思う。同じ練習をして、ぐんぐんうまくなる天才を横目に、私はひっそりバレエをやめた。
当時の将来の夢は振付家。あっという間に私は30歳。平日はOLやって、たまに踊る、運動不足ダンサー。こんな予定ではなかったのにーと思う。私の予定ではモーリスベジャールと肩を並べる振付家だったのにー。なんて思うけど、群馬に戻って山とか畑とか見て、そうだったここ、あんたここだったよと思いぺちぺちと自分の頬をたたく。
いつも舞台に立つ5分前になんで私は踊るのかと思い踊る事を後悔する。踊りたいという気持ちがわからなくなって苦しくなる。踊る前に踊りたい気持ちがなくて踊る事が苦しくなる。ある人が「そんなに正直だと、ダンスやるの大変だね。」と言っていたけど、そうかもしれない。
でもこうやってまた踊ってしまうから、いつまでたっても私は踊りから離れられない。もう嫌だと思っても、からだはこんなに素直に喜んでいる事に自分が驚く。今、生きていると実感できるから、私は踊るのかもしれない。

 

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(C)手塚愛子

 

  

 

 

 

 私とダンス  広末知沙

 
幼少期身体が弱かった為、お医者さんの勧めでクラシックバレエを始め、気づけばお稽古事の枠を超え、高校では全寮制のバレエ科へ。厳しい環境での経験が、今の自分の土台となってます。
それから東京に出て、日本女子体育大学に入学。クラシックバレエしか経験してこなかった自分にとっては、新しいジャンルとの出会いはとても刺激的で、特にコンテンポラリーダンスはできない事が楽しい、新しい感覚をくれたダンスでした。
そして大学3年の時、外部講師として授業をしていただいた山田うんさんとの出会いはとても大きな影響を受けました。こんな振付もあるのかと新鮮で、見ていてドキドキするダンスと初めて出会い、卒業した年にカンパニーのオーディションを受けました。
カンパニーでは作品にダンサーとして出演する他、日本各地でのワークショップも行います。その経験の全てがダンサーとして、そして1人の人間としての意識や興味においてとても影響を受けました。
鈴木優理子とは6月に「ダンサロン」という企画で、約17年ぶりに一緒に踊る事ができ、彼女もまた影響を与えてくれた人の1人。群馬で踊る事は目標のひとつでもあったので、それを彼女と一緒に挑めるのがとても嬉しくワクワクしております!

 

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(C)羽鳥直志