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舞踏とわたし  今 貂子

 
f:id:yamagazakuro:20110730164542j:plainphoto:Hiroshi Mimura 

 

 1979年に、舞踏に出会い、80年に、京都での舞踏グループ白虎社創立に参加する為に、群馬をはなれました。なぜ、舞踏を始めたのか? 舞踏家をめざしたのか? うまくはいえないですが、そこには自分の人生をかけてみる何かがあると直感し、21才なりに、それまで学んだものを総動員して、手に入る資料はぜんぶ読み、最終的には、本能的な勘で決断したと説明したら、よいでしょうか。
舞踏は、1959年、モダンダンスの中からでた先鋭的な身体表現です。始めた人たちは、第2次世界大戦で、生と死に直面した世代に当たり、根源には、命とは?人間とは?と、問いかけがあるように思います。
京都の町は、伝統と前衛の文化の両方の側面を大事にする気風があり、舞踏のような現代的な表現にも、比較的、理解があります。(パリやバルセロナなど、生活とアートが結びついた都市に比べるとまだまだですが)東京と違い、京都の時間の流れは、ゆるやかですから、ものを生み出すのにはちょうどよいように思います。
現在は、舞踏カンパニー倚羅座を主宰して、年に一回、旧花街にのこる劇場で、伝統と前衛を織り交ぜた公演を行い、小規模ですが、舞踏研究所を開き、ライヴハウスでジャンルや世代・国籍を超えたコラボレーションを行うなど、自分らしい活動を続けています。
おどりや歌は、人間の根源的な行為です。テクノロジーや環境の変化で、身体や心の危機といわれる現代、目指しているのは、ひとが、舞踏やダンスにふれることで、誰もがもっている身体・命の尊厳にあらためて気づき、共感できる舞台です。
また、いつか、京都に、いつでも舞踏がみることができる専門劇場を作りたいという夢も持っています。心を磨き、体を鍛え、これからもがんばっていきたいと思います。
ひさびさの郷里の舞台、みなさんとお会いできますこと楽しみにしております。
 

 

ima-Tenko+Kiraza Butoh performance from Christopher Fryman on Vimeo.

 

 

 

 

今 貂子facebookページでは、最近の舞台写真が多数掲載されています。

 

ざくろの二言三言:今貂子さんに初めてお会いしたのは、2012年2月にArtTheater dB神戸で開催された『神戸アジアコンテンポラリーダンスフェスティバル#02』に参加したときになります。「ラブソングを踊る人々」という企画で、今さんがクイーンの ♪ I was born to love youをBGMに、身体を大きくくねらせながらダイナミックに踊る様はとてもカッコよかったです。こんなにポップな舞踏を踊る人がいるんだ!と、当時は舞踏に対して関心が薄れていた時期でもあったので、とても新鮮な印象があり、まだまだ舞踏には可能性があることを再認識したのでした。今回は〝迷宮〟というお題をどう料理してくれるのか、朔太郎橋の上で踊る今貂子にどうぞご期待ください。