バイバイ遠藤賢司さん

遠藤賢司さんの♪カレーライスのライブバージョンを2007年に泉太郎さんとのコラボで初演した作品『天使の誘惑』で使わせてもらいました。

https://www.youtube.com/watch?v=EhHYFwTIy9U

 

2009年に前橋のF-ritz art centerで遠藤賢司さんのライブを見に行ったとき、「自分のダンス作品で遠藤さんのカレーライスを使わせてもらったんですけ見てください」と伝え『天使の誘惑』のDVDを渡したらニヤっとしてたなー。遠藤さんDVD見てくれたかなー。

http://www.f-ritz.net/news/library-6.html

 

9月9日(土)舞踏と演劇2本鑑賞

 

前橋三中の後輩の松原東洋くんが中之条の神社の神楽殿で舞踏を踊る。なんかちょっと心がくすぐったくもありつつ白塗りの東洋くんの姿を目で追う。Makoto氏制作の白い「人間の抜け殻」との対峙。東洋くんとわたしはだいぶ年が離れているけれど、まさか同じ中学の後輩に舞踏家になった奴がいたとは4年前までつゆ知らず。そして石坂亥士さんの神楽太鼓と蝉の音がいい塩梅に神楽殿を囲む杉の木立に混じり合う土曜の昼下がり。日曜も午後4時と6時に。

http://nakanojo-biennale.com/event/codice-n-b

 

 

午前中は群馬会館にて高校演劇の地区大会初日の一番手に登場(9:20開演!)の共愛学園の「シェルター」を観劇。男子演劇部員によるオリジナル作品。前作同様例によって一頃のチェルフィッチュのような動きをしながらの男子女子のモノローグが続く。一転ひとりの女子が登場し舞台中央で今度はカラダを動かさずひじょうにゆっくりと台詞を話す。こんなシュールな作品を創った彼は上演を部員に託し現在カナダに留学中らしい。帰国後は英語で脚本を書くのだろうか。いや書いてほしい。上演もしてほしい。

http://gunkouen.fan-site.net/ken/tiku/chu.html

 

 

中之条から帰って一休みして、午後6時からレンガ蔵にて今度は大人の男女の芝居。幕間の休憩時間に淡々と連絡事項を伝えるスタッフさんの物言いで現実にもどされる。女性国会議員のプライベートな不倫問題を大げさに報道するマスコミに惑わされるよりも、ディープな男女の物語の世界に身を置くほうがどんなに豊かな時間を過ごせることだろう。フィクションと現実のどっちに真実はあるのか。舞台美術と小野田賢三氏のインスタレーションとの対比も見どころのひとつ。レンガ蔵での芝居は日曜は午後2時から。

https://www.facebook.com/events/1207260239420842/?fref=ts

 

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お盆だぁ〜 ダンス踊ったぁ〜 演劇観たぁ〜

 

土曜の午後に山賀家の墓参りに行く。おやじが亡くなったときに建てたお墓だからもうじき50年になる。ここにはおやじのあとに他界したじいさんとばあさんも眠っている。わたしもいずれここに入るのだろうか。ちょっとまだ全然イメージできない。

 

遺骨は墓石の下にあるのにその魂は天に召されているのだろうか。なんかよくわかんないな。仏教キリスト教がごちゃまぜですかね? 盆踊りで天を仰ぐポーズは、ご先祖様に元気な姿を見てもらうという意味があるらしいのだけれど。

 

夜は詩人の新井隆人さんのお誘いで、新井さんの詩の朗読と國崎理嘉さんのガムランの演奏で少し踊らせてもらった。ライブハウスだし、対バンのソロ3組の出演者は若手の弾き語りの人たちで、彼ら彼女ら目当ての若いお客さんの前(おまけにめちゃくちゃ至近距離)で踊るのはかなりのアウェイ感があって、目線の向ける先とか気になりつつも踊ったわりにはまあまあ楽しくできて自分としてはよかったのだけれど、イベントの最後におじさんの即興ダンスを見せられた若い彼ら彼女ら観客は何を思ったのだろう。

 

日曜は地元の劇団の公演をふたつ観劇。何かいいところを見い出せないかと、自分としては我慢強くどちらの劇団も複数回見ているのだけれど、今回もやはり少しばかりの期待は見事に裏切られてしまった。脚本と演出を司る人の責任は重い。もうこの劇団の公演を見ることはないだろう。

 

東京の演劇はすごくて地方の演劇はダメとは思わないけれど、地方の場合上演された作品に対して何らかの批評性を持った言説が当事者に届きにくいというのはあると思う。アマチュア演劇なんだから自分たちで楽しくやれればそれでよしとするのかもしれないけれど、その活動にいくばかりかの公費が使われているとなると一市民としては一言言いたくもなる。

 

これまで自分のダンスや作品に対して批判されたこともあったし、そういうときは自分の全人格が否定されたような心持ちになったりもしたので、自分としては特に親しくもない当事者に面と向かって批判することはしないけれど、近しい関係にある人はもうちょっと突っ込んだ意見とか言ってあげればいいのに。

 

わたしは熱心な演劇ウッチャーでも付き合いで演劇を見るわけでもないし、今という時代を生きる人たちの身体性から何かを感じられればと思ってたまに演劇を見る程度なのだけれど、地元の高校演劇なんかでおもしろいのもあるし、若手で野心を持って貪欲に活動を企てている地元の演劇人がいるならば応援するよ。

 

大晦日に紅白歌合戦を見る前に... 始まっちゃので見ながら...

 

PPAPも恋ダンスも自分でまねして歌ったり踊ったりはぜったいしないけれど、今夜の紅白でピコ太郎がどんなパフォーマンスをするのかちょっと楽しみだし、審査員の新垣結衣星野源の歌のときにいっしょに踊るのかどうか気になるところ。

 

今年最後のブログなので紅白見る前に少し真面目なことを書いておくことにした。

 

たまたま先程Twitter経由で読んだある方のブログに、パールハーバーでの総理の演説で戦争をポエムのように語っていたとコメントした評論家の保坂正康氏が、特攻の整備兵だった老人の語ったことを書いているとして、その一文を次のように紹介している。

 

(前文略)突然訪ねてきた老人が語ったのは、飛び立つ日の隊員の真の姿でした。

「失神する、失禁する、泣きわめく。きれいなことを言って飛んで行った人もいたが、ほとんどは茫然自失だった。それを私たち整備兵が抱えて乗せたんです。」

この話に衝撃を受けたのは、わたしもまた人間の真実から目を逸らして、特攻を一編の美しい民族の詩のように思ってきたからなのでしょう。(以下略)

http://taninoyuri.exblog.jp/26275055/

 

飛び立つ日の特攻隊員の真の姿を知るにつけ衝撃を受ける。彼らの死への恐怖を想像するに胸が締め付けられる思いだ。永遠の0で特攻が感動的に描かれていようがやはりそれはフィクションであるということ。

 

大河ドラマ真田丸だって要は戦争の話だ。真田丸は見ていなかったのだけれど、終盤に差し掛かるに従ってやたらテレビやネットでの盛り上がりが気になったので、最終回を録画しておいて後で見てみた。ほとんどが戦(いくさ)のシーンで、これフィクションだから平気で見てるけど、槍で目の前の敵を刺し殺すなんてことをその当時は実際にやっていたということを想像するに、こうして人を殺し合うのが当たり前の世の中はやはり狂っている。

 

兵器や戦い方は違えど今のイラクなどでの内戦におけるすさまじい状況を鑑みれば、それと同じようなことを当時の日本でもやっていたということ。大河ドラマでは主要な人物やその周辺の人間模様を感動的に描いているけれど、戦いに明け暮れるような世の中で多くの普通の農民や子どもたちが犠牲になっていたのではないだろうかと思いを巡らしながら、真田幸村役の堺雅人の熱演を覚めた目で見ていた。

 

真田幸村徳川家康に「お主のような戦でしか生きた証を示せぬような手合いは、生きていくところなどどこにもないわ!」と言い放たれた言葉に言い返す。「そのようなことは百も承知。されどわたしはお前を討ち果たなさねばならぬのだ。我が父のため、我が友のため、先に死んでいった愛する者たちのために」

 

こうして憎悪と復讐に燃える真田幸村役の堺雅人の迫真の演技はすごいのだけれど、人を狂わせるような世の中はやっぱりおかしい。ドラマで感動するもよし。でもドラマを見た後には現実の世の中に目を向け、間違っていることにはちゃんと異議を唱えることもしないといけない。

 

これを書いているうちに紅白が始まってしまった。見始めるとパソコンの画面から離れてつい見てしまう。書くのが止まり時間がかかってしまった。ピコ太郎のパフォーマンスはわりと普通だった。椎名林檎の曲の都庁前でやったパフォーマンスは多数のエキストラと映像を使っていてよかった。けれど、ある意味こうした過剰な演出に慣らされてることにも我々視聴者は注意しないといけない。目の前でからだひとつで踊るダンスで人を感動させることもできるのだから。

 

椎名林檎が歌う後方にど〜んとそびえ立つ都庁が存在感を示していた。小池知事には頑張ってほしい。今後の都政も気になるところだけれど、来年のこの国や世界はどこへ向かって行くのだろうか。それを想うと憂鬱な気持ちにもなる。けれど、来年は卯年だしカラ元気でも笑顔でぴょんぴょん跳ねるよ!!早速明日から跳ねてみよう!!

 

 

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          (着ぐるみの中はわたしです)

 

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          以下新年になってからの追記です。

 

紅白を見ながらブログを書いていたからか、今年の干支は酉年なのに何を一瞬勘違いしたのかうさぎの写真を載せてしまった。暗い気持ちにならずにぴょんぴょん跳ねよう!と書こうとしてたから卯年にしちゃったみたい。さっきテレビでにわとりのかぶり物をしている人がいたので間違いに気がついたのだけれど、新年早々ちょっとはずかしい。ピコ太郎2回目のPPAPで第9とのコラボはおもしろかった!!

農大二高吹奏楽部定期演奏会のチケット完売につき...

 

農大二高吹奏楽部の定期演奏会が昨日開催されたという記事が、今日の上毛新聞に載っていて、今夜と24日にも昼と夜に開かれるとあった。

 

掲載されていたステージ写真が楽しそうだったし、4回も公演をやるというのが気になったのでネットで調べてみたら、学校のウェブサイトの情報では、チケットは124日から会場の群馬音楽センターで発売開始と書かれていた。当日券は余裕であるだろうと思ったけれど、一応学校に問い合わせてみところ、チケットはすべて完売とのことだった。驚いた。キャパ2000人規模の大ホールで4公演が満席になる農大二高吹奏楽部恐るべし。

 

農二の吹奏楽部の部員は約150名いるらしい。すごい大所帯だ。マーチングバンドに力を入れているのか、以下のリンクの映像をみると、ダンスとバトントワリングを担当する出演者が多くいる。近頃のマーチングバンドの傾向なのか、楽器の演奏者以外にもこのようなキャストが出演し、ショーアップされたりしてるのは知らなかった。この子たちは吹奏楽部員であっても、楽器の演奏はぜずにダンスとバトントワリングなどを専門に担当しているのだろうか。そうではなく楽器の演奏もすることがあるのだろうか。

 



高崎では毎年秋にマーチングフェスティバルが行なわれている。小学生でマーチングをやっている子どもたちにとっては、農二吹奏楽部のおにいさんおねえさんたちは憧れの存在なのかもしれない。高崎には群馬交響楽団もあるし、高崎音楽祭のプログラムも客を呼べる企画が多い。「音楽のある街・高崎」というキャッチフレーズは、多くの人が納得するところだ。

 

そして、2019年には高崎文化芸術センター(仮称)が完成するらしい。運営に専門スタッフが携わるのであれば、施設としてのハード面だけでなく、ソフト面の充実も図られることになるだろう。これにより、音楽だけでなく舞台芸術全般が高崎市民により親しみやすいものとなっていくに違いない。前橋市民のわたしとしては、いろいろと気になる。

http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2015010500042/files/bungeijissigaiyou.pdf

 

黒沢美香さんの名づけ親は石井漠だった。

 

たまたま図書館で借りてまだちゃんと読んでなかった本(もう返却日が過ぎている)『踊る人にきくー日本の洋舞を築いた人たち』に以下の記述があった。

 

(美香さん)<子供でしたから、自分では記憶がないんですけど、アルバムを見ると漠先生と写っている。あと、私の美香という名前は漠先生がつけてくれた。踊るときは黒沢美香で、ふだんは黒沢美香子と子がついている。戸籍上は美香子です。それで、わたしが生まれた時点でそこまで指定されていた。決められていたことに不満がありました。踊る、踊らないのは私の勝手であって、どうして生まれた時に踊るときは美香、踊らない時は美香子と決めるなんて、失礼じゃないかと思っていた。今となれば、ものすごく感謝しています。>

 

美香さんのお父さまの輝夫氏は石井漠の弟子だったのは知らなかった。輝夫氏が18歳くらいのときに舞踊団に入門し、入って2ヶ月後の前橋での公演が初舞台だったんだとか。戦後まもなくの1947年(昭22)頃のことで、当時は地方公演が多く、前橋公演は群馬県教育委員会の主催。復員してくる人たちが多い時代で、汽車になかなか乗れないので、教育委員会のトラックが自由が丘まで迎えに来たんだとか。

 

わたしの祖母は、若い頃に前橋で石井漠のダンスを見たと、生前話してくれたことがあったけれど、もしかして輝夫氏が初舞台のその公演だったかもしれない。

 

本には輝夫・美香親子でデュオを踊る石井漠作品『山を登る』に関する記述があるのだけれど、天国の舞台で黒沢親子がいっしょに踊っているを祖母が見ているところを想像してみた。

 

デュオといえば、5年前の夏に恐れ多くも美香さんとデュオ公演をやらせていただいた。美香さんとは2008年と2009年の「手塚夏子企画/道場破り」でごいっしょさせていただき、短いデュオを踊るなど、お互いのダンスの手法を交換する機会持たせていただいた。そんな縁もあり、一度ちゃんとデュオ作品をやらせてもらえたらなという思いで、美香さんに共演をお願いしたのだけれど、すみだ川アートプロジェクト2011参加プログラムとしてアサヒ・アートスクエアで『沙羅等~黒沢美香さんと共に~』を上演した。ほんとうに贅沢な貴重な体験をさせていただいた。

 

今日の美香さんの葬儀・告別式には参列できないので、この文章を書きながら祈っています。美香さん、どうもありがとうございました。安らかにお眠りください。合掌。

 

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                                       撮影:鎌田幹子

 

 

 

上毛新聞10月31日(月)の別刷企画「障害を越えて」にアーチストの片山真理さん

 

上毛新聞1031日(月)の別刷企画「障害を越えて」にアーチストの片山真理さんが表紙を含め3ページに渡り紹介されていました。

 

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<自分の心や体を理解してほしくてポートレートを撮っているわけではない。「物としておもしろいから使える」とは思うけど、好き、かわいいとは1ミリも思わない。本当は嫌いなものを表現したくはないけれど、「作る」という行為がやめられない。>(記事本文より引用)

 

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片山真理さんには彼女が県立女子大の1年生のとき大学の学園祭で一度会っています。その年の踊りに行くぜ!!前橋公演でスタッフをした学生の招きで学園祭には行ったのですが、視聴覚室らしき部屋に案内されて、「わたしも出てるんですけど友だちが作った映像を見てください」と言われ、学内で撮影したキャンパス紹介のような短い映像をプロジェクターで投影されたスクリーンで見せられたように記憶しています。その映像はパッと見た印象が学生が作って自分たちで受けてるだけのようなものだったので、わたしは作った本人に率直に思うところをダメ出しのように伝えました。

 

2014年にアーツ前橋の滞在制作で片山真理さんとお会いしたときに、ご本人から「学園祭のときにダメ出しをされたのをよく憶えています」と言われ、あの時の映像を作った学生が片山さんだったと知って、わたしはちょっと動揺してしまいました。

 

片山真理さんのことは「アートアワードトーキョー丸の内2012」でグランプリを取った時に、県立女子大出身で知り合いの県女大OGの子と友だちであることを知って、近しい人が注目され始めていることをうれしく思っていたのですが、まさかわたしがダメ出しをしたその張本人だったとはつゆ知らず。

 

現在の各方面に渡る活躍ぶりは多くの人に知られるところとなり、その昔変な関わり方をしたわたしではありますが、片山さんのことはとても誇らしく思っていますし、群馬育ちで群馬在住のアーチストとして頼もしい存在でもあります。

 

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この別冊企画の最終ページに紹介されているジャズギタリスト、編曲家、マッサージ師の石曽根靖さんは前橋在住のようですし、この方のことも気になります。

 

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